
2025年4月30日、国土交通省から点呼制度に関する重要な改正が公開されました。
業界内では「ゴールデンウィーク前後ではないか」との噂もありましたが、実際には突然この日に公布・施行され、現場も驚きを隠せませんでした。今回の点呼告示改正により、かねてから要望の多かった「業務前自動点呼」が正式に法制度上解禁され、新たな点呼スタイルが誕生しました。
併せて既存の「業務後自動点呼」や「遠隔点呼」についても要件や運用ルールが一部見直されており、点呼方法の多様化がさらに一歩進んだ形です。
点呼制度多様化の背景には何があるのか?
日本の運送業界では、運行管理者による対面点呼(乗務前・乗務後点呼)が法律で義務付けられており、運転者の酒気帯びの有無や健康状態を確認し、その記録を保存する必要があります。
しかし近年、深刻な運行管理者不足や働き方改革の流れを受け、点呼の効率化が大きな課題となっていました。政府は人口減少・高齢化による人材不足に対応しつつ、点呼の「やり忘れ」防止や質の向上を図るため、ITを活用した点呼方法の導入を推進してきました。
自動点呼の目的には、運行管理者の負担軽減(特に深夜・早朝の対応効率化)や点呼実施漏れ防止、運転者の健康起因事故の防止などが挙げられています。実際、対面でなくとも機器・システムを通じて点呼ができれば、運行管理者が営業所に常駐していなくても対応可能となり、人手不足の解消や業務効率化につながると期待されています。
一方で、点呼の厳格な実施は輸送の安全確保に不可欠であり、形だけの点呼や未実施は重大な問題です。実際、大手事業者である日本郵便において点呼を怠り記録を改ざんしていた事案では、国土交通省が2500台規模の一般貨物部門の許可取消しという異例の厳罰に踏み切る方針を示し、業界に衝撃が走りました。
このような事件を背景に、「点呼を確実に行い安全を担保する仕組み」が改めて重要視されたとも言えるでしょう。
政府は「物流政策パッケージ」や長期計画である事業用自動車総合安全プラン2025において、遠隔点呼や自動点呼の推進を掲げ、実証実験を重ねてきました。その成果の一つが今回の業務前自動点呼の制度化であり、点呼方法の多様化(対面・電話・IT遠隔・自動)が現実のものとなったものだと思います。
業務前自動点呼が正式解禁!先行実施との違い
改正告示によって業務前自動点呼(乗務開始前の自動点呼)が法令上認められ、対面点呼と同等の扱いで実施可能となりました。
これに先立ち国土交通省は、2024年度に有志の事業者を募って業務前自動点呼のパイロットを行い、課題検証を進めていました。
実証に参加したトラック、バス、タクシー事業者は全国で411社にも上り、業界の関心の高さがうかがえる結果だったのではないかと思います。先行実施を経て明らかになった課題を踏まえ、今回の制度化では機器や運用ルールが整備・強化された形です。
先行実施と正式制度の主な違いとしては、まず実施場所の拡大があります。パイロット期間中は自動点呼を認める場所が営業所や車庫に限定されていましたが、制度化後は事業用自動車の車内や待合所、宿泊先などでも実施可能となりました。
これにより、例えば長距離運行のドライバーが途中の宿泊地から業務前点呼を受けることも想定されています。また正式制度では、先行実施時になかった追加要件がいくつも盛り込まれています。
自動点呼機器要件の強化とアルコールチェック結果によるアクションの厳格化
使用する点呼機器は国土交通省の認定機器であることが必須であること。機器にはアルコール検知や体温・血圧測定機能が組み込まれ、測定中の映像を自動記録・保存すること、運転者ごとの点呼予定・実績を管理できることなど、細かな基準を満たす必要があります。
例えば「運転者の酒気帯び検知結果とその測定中の様子を静止画または動画で記録する」、「平常時の健康データとの差異や運転者の自己申告(疲労・睡眠不足等)により安全運転不可の恐れを自動判定する」機能など、対面点呼と同等の安全性を担保するための高度な性能が求められています。
不正防止の観点から、なりすましを防ぐため運転者本人の確認機能や、機器の故障時にも記録が残る仕組みも必要です。そして一番の変更点はアルコールチェックの結果、アルコール反応が出た際は点呼が完了できなくする「中断」ではなく、点呼の「中止」とより厳格化されたところです。
中止とは点呼の再開ができないということです。ご存知かもしれませんが、アルコールは様々な飲食物に含まれているため飲食直後であれば、点呼時にアルコール反応が出ること自体は珍しくありません。

この場合であっても「中止」させるというところに、「飲酒運転ゼロ」を以前から掲げている国土交通省の思惑が見えてきますよね。
運用面の追加ルール
改正後の業務前自動点呼では、運転者が必要な携行品(運転免許証や運行指示書類等)を持参していることを確認する体制を構築しなければなりません。さらには、月に1回程度は対面で運転者と面談し健康状態を直接確認することも義務付けられました。自動化に頼りきりにせず定期的な対面コミュニケーションを行うことで、機械では気づけない異常の早期発見につなげる狙いがあります。
また、自動点呼を開始する前段階として、各運転者の体温・血圧の平常値を10日分程度取得しておくことも求められます。こうした平常データとの比較で健康異常を判断する仕組みのため、事前準備として健康管理を徹底する必要があります。
業務前自動点呼はいつから導入可能?

「業務前自動点呼を自社で導入できるのはいつからか?」という疑問に対しては、制度上は既に2025年4月30日から実施可能となっていますが、実務面では認定機器の登場を待つ必要があります。
先行実施と正式制度では安全確保のための要件が大幅に強化されており、先行実施で使われていたシステムではそのまま適合しない部分も少なくありません。このため、国交省は2025年6月11日付で業務前/後自動点呼機器の新しい「自動点呼機器認定要領」を公布し、申請受付を始めていますが、現時点(2025年6月25日時点)で取得済みの業務前自動点呼機器はまだ存在しない状況です。点呼システムのメーカー各社が現在認定取得の申請準備を進めている段階で、実質的な業務前自動点呼の現場導入はもう少し先(夏~秋)になる見込みです。
なお、先行実施に参加していた運送事業者については、2025年12月までは従来の方法で業務前自動点呼を継続できる経過措置(移行猶予期間)が設けられる予定です。国土交通省から当該事業者宛に別途案内が行われる見通しであり、パイロット事業者はその間に新ルールへの対応や機器アップデートを進めることになります。一方、新たに業務前自動点呼の導入を検討する事業者は、認定機器のリリース動向を注視しつつ、自社の体制整備に取りかかる段階と言えるでしょう。
業務後自動点呼・遠隔点呼の変更点にも注目
今回の改正では、既に制度化されている業務後自動点呼(乗務終了後の自動点呼)やITを活用した遠隔点呼についても、いくつか運用ルールの見直しが行われています。特に業務後自動点呼に関しては、「業務後自動点呼の実施予定を事前に登録し、運行管理者がその実施状況や結果を点呼機器等で確認・記録すること」といった手順が新たに明文化されました。
これは、運行管理者が乗務後の点呼を事前に計画・登録しておき、点呼機器で確実に実施されているか後からチェックする仕組みを徹底するものです。点呼時間の失念や記録漏れを防ぐ狙いであり、業務前だけでなく業務後の点呼についても実施管理の強化が図られています。
また遠隔点呼については、制度開始当初から段階的に要件緩和が行われてきました。当初は自社内の他営業所間でテレビ電話装置等を用いて行う形態が中心でしたが、2025年4月30日の告示改正では「事業者間遠隔点呼」という他社の運行管理者が代行で自社の運転者に対して点呼を実施するスキームが解禁されています。
そのうち、遠隔点呼センターという他社運送会社の点呼を行うサービスを開始する運送会社も出てきそうですよね。
因みに業務後自動点呼についてもいくつかの変更がありました。その中でも特徴的なものをピックアップしました。
- アルコール検知時は点呼を中止し、再開は不可
- 点呼機器の持ち出し防止措置の義務化
- 運転者の携行品(鍵やカード等)の返却確認の義務化
- 点呼場所を問わず、静止画または動画の自動記録機能が必須

所定の場所で使うという前提があるので、持ち出しされないように配慮が必要だったり、点呼場所を問わず静止画または動画の保存が必要と明文化されています。業務後自動点呼の実施場所が営業所だけでなく、車内や宿泊施設等でも認められるようになったため、どこで点呼をしても本人確認や記録が確実に残るように要件が強化されています。
他にも細かいところでいうと結構変更はありました。因みに一番多かった変更は、「運行管理者は・・・ → 運行管理者又は貨物軽自動車安全管理者は・・・」ですかね。貨物軽自動車も点呼業務が必須になっているので、当然と言えば当然なんですがなんか印象的です。
新しい点呼告示についての詳細を知りたい方は以下のようなPDFも参考にするといいですよ
まとめ
ということで、点呼告示改正をまとめてみました。
点呼告示改正前・改正後の比較一覧
変更項目 | 改正前 | 改正後 | 実務影響・規程への追記例 |
---|---|---|---|
健康確認の定量化 | 業務後のみ簡易確認 | 体温・血圧等の健康情報+自己申告を基に閾値判定し、外れ値は“中断”扱い | 〈平常値の取得方法・閾値設定・再測定手順〉を明文化 |
中断(点呼を完了できない)/点呼の中止の要件と再開可否 | アルコール検知時は点呼を完了できない | アルコール検知等は中止(再開不可)、健康異常は中断(運行管理者確認後に再開可)を明文化 | 中止発生時の対面点呼・代替運転者手配ルールを規程化 |
携行品の確認 | 努力義務 | 業務前は運転者が必要な携行品の確認が必須、業務後は運転者の携行品(鍵やカード等)の返却確認が必須 | |
電子記録 1 年保存+修正履歴 | 保存義務あり(履歴要件は緩やか) | 既存ルールに加えて、修正前履歴を残すことを義務化 | システム要件確認・上書き防止設定、バックアップ運用の整備 |
指示事項の個別伝達・記録 | 業務後で運転者ごとに指示を個別伝達・記録する機能は既に必須。指示事項は必要に応じて登録可(空欄登録も可能) | 既存ルールに加えて業務前は指示事項を事前入力しないと点呼予定を登録できない。※業務後は引き続き空欄も可 | 配車係/運行管理者が ①全運行の指示内容をあらかじめ入力 ②入力漏れアラートへの対応フロー ③緊急時の追加・訂正手順 を規程に明記 |
非常時(酒気帯び・機器故障等)の対面点呼切替 | 代替点呼体制義務あり | 酒気帯び・健康異常・車両異常等の際は運行管理者が“適切な措置を講じられる体制”を義務化 | 代替点呼方法(対面・遠隔)と連絡網、故障時のエスカレーションを追加 |
遠隔点呼を実施できる範囲 | 自社、グループ会社(100%出資子会社)のみ可 | 自社、他社間での点呼可 | 他社自社間での遠隔点呼の場合、受委託契約が必須 |
点呼の多様化がもたらす未来とは
今回の点呼告示改正により、業務前・業務後自動点呼および事業者間遠隔点呼といった新しい点呼手法が出揃い、政府が掲げてきた運行管理の高度化に大きな前進がもたらされました。「運送事業者ではない第三者による点呼」や「運行管理業務の一元的な受委託」といったテーマについては、今回の改正をもって残る宿題となった形です。
言い換えれば、「自社ドライバーの点呼を外部の専門機関に委託する」「完全自動運行で人間の関与しない点呼を実現する」といった未来の仕組みに向け、次のステップへ移行したとも言えるでしょう。現時点では法制度上そこまで踏み込んだ内容は盛り込まれていませんが、今後さらなる実証実験や制度検討が進めば、将来的に実現する可能性もあります。
最後に、安全確保への留意点を改めて強調しておきます。点呼はあくまで「輸送の安全を守るための手段」であり、効率化が目的化してはいけません。前述の日本郵便の件でも明らかなように、点呼を怠ったり虚偽報告を行えば事業継続に関わる重大な処分を招きかねません。効率と安全の両立こそが真の目的であり、新たな点呼スタイルを上手に活用することで事業の安定運行とコンプライアンスの向上につなげていきたいものですね。